石山の石より白し秋の風  芭蕉

あゝ、鬱陶しい天候が続く日々ですね、仙台も。
そこどこで大台風、大地震、災害が続き、なんかやりきれません。画像画像画像
亡くなった方、その家族、被災にあわれた方々、その不運に慰めの言葉もありません。

気圧が安定しないこの時季、私の体調も、当然よくありません。
でも、そんなことは自分のなかに閉じ込めておくべきですね。

やがて、この先
「天高く」「秋高し」「秋日和」「秋の色」「秋の声」
大気が澄み、晴れわたった空が高く感じられ
また山、草原、街路樹などが色づきはじめ、海、みずうみ、また川が澄み、渡り鳥が北へ南へと向かいます。
こんな秋気に満ちあふれるいい日々が来ることでしょう。

水澄みて金閣の金さしにけり   阿波野青畝
秋は空ばかりでなく水も澄む季節、水面は「水鏡」というにふさわしい。金閣寺の荘厳な姿、その金色が池の水をいっそう澄明にしている。単純な写生では「映しけり」だろうが、それを「さしにけり」に、透明さを強調した。青畝の俳誌「かつらぎ」に習う母の師だった。
とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな  中村汀女
高原かどこかは知らぬが、歩を止めると赤蜻蛉が、一匹、二匹…、やがてこんなにたくさんいたのかと驚くほどの数、とんぼが歩みを止めた人に親しみおぼえて集まってきたかのようだ。ただ私の好きな句。
石山の石より白し秋の風  芭蕉
近江の石山寺、その石のこと。石より白い風とは?私が若いころ、「ほととぎす」の同人土山紫牛先生から教わった陰陽五行説の秋は白、「白風・素風・色なき風」(いずれも秋風の別称・傍題)だと。それを踏まえた感覚的な句。実は俳句を長くやってきて、歳時記をじっくり読み、やっと理解しえた俳句なのです。

この齢になると、妙に幼いころの記憶が鮮明に蘇るときがある。
母の後年は「赤貧洗うがごとし」の暮らしだったけど、力いっぱい全身で生きていた。
母は唯一俳句を生き甲斐にしていたかも知れない。
この赤貧は親父と一緒になって後年からのこと。母の苦労は、すべてこの駄目親父の所為。
このことは、いつかこのブログに残しておきたい。

そこで母の遺句集の中から、寂しい句を
辛ければせめても月にもの言はん   よしの
虫を聴く忘るることのやすらぎに     よしの

ちょっと主観が入りすぎの感が・・・。


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