人生の達人

もう、今年も残すところ、2ヶ月を切った。
今年もあっという間、ま、こんな気持ちはここんところ毎年のことだが。
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今週は、なんかやきもきさせることがあって、落ち着かない日々だったような。
ここでは、このことは、しばらく書きたくない。
喜ばしいことだったら、胸襟を開いて書くタイプの自分だが。画像画像


ちょっと俳句のこと
前も書いたような気がするが
俳句は上手いに越したことはない。
が、上手いだけの句など、なにほどでもない。

俳句でも短歌、随筆、小説でも、大雑把に云えば手法や技量、技術などには限界はあるが、
生き方には限界はない。
究極のところ、人間は人生の途上で死を迎える。
どんな功績を遺した人も、きっとその筈。
俳句も人格も、生き方も完結はない。
完結がないならば、より一層切実で豊かな人生を楽しむことが、大事であると小生は思う。
凡人のなかの凡人の小生なんかと、比べようがないが、西行も芭蕉も詩人である前に人生の達人であった。
とてもとてもこの面倒くさい現代人には人生の達人と言えそうなひとはいない。

最低限度、より一層切実に豊かな人生を楽しむってことは、この世の柵などにすっかり解き離されて、な~んにも考えなく、自分は認知だと分かっていながら生きるスベがあればいいのだが。
それが出来れば、こんな小生のような凡人でも、人生の達人にも成れようぞ。

とどのつまり
私が俳句を作り続けるのは、残された人生「生きた証し」として俳句を楽しみたい。
「ぼけ防止のための俳句」というヤカラは好きでない。
そんなヤカラは俳句でなく、大人のぬり絵でもしてりゃいい。

と、言いながらあっしも、ときどき「脳活道場」という雑誌の付録の「動物の3Dぬり絵」を楽しんでいるが。

人恋ふは後顧の憂へ火の恋し

この記事へのコメント

2018年11月14日 22:35
私、むかし仙台に行ったことがあるので・・・

  青葉城恋唄ながる/仙台の街路樹若葉白々とみゆ


  片恋の初恋わろう小春かな
麦雨
2018年11月15日 14:54
短歌と俳句で応えてくれましたね。
短歌のほうがお上手じゃないですか。

まさに、今日は季節はさておき小春日和です。
小生なんか遠い遠い昔の恋が妙になつかしくて。
若い少年時代は、ほとんどの人は片恋でしょう。

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