サヨナラ はたさん!!

ブログに書くのは差し控えようと思ったが、自分の日記のようなブログなので書くことに
9日の土曜日の夜、9時を回ったころ、埼玉の懇意にしている友人からメールが来た。
野球・2019侍ジャパンのメキシコ戦を観ていた。
「なんだろ?こんな時間に」
もう3年前から、脳梗塞で倒れて夜は早く休んでいる、ほとんどの友人、知り合いには、夜の電話やメールは「余程のことの無いかぎり遠慮してください。」とお願いしている。

メールをすぐ見た。
辛い辛い、ほんとに悲しい知らせだった。
新橋でバーをやっているマスターが亡くなった、と。
携帯が思わず手から離れてしまった、いや投げ出した。
明くる日曜日の朝、彼に一番親しいYちゃんから、電話、喋っているいるうち不覚にも泣き出してしまった。
涙もろいのは、もうこの齢、仕方ないよ。

自分に近づいている「死」には恐怖心など、もうとっくに無いが、身近なひとの死には敏感に反応する。
ここ何年かで、何人の友人、知人が逝っただろう。

彼とは、もう長い付き合い、なにかあったら仙台に来てくれた、私が元気な3年前まで、旅行に出た時は、北海道、近畿、東北、九州、どこに出かけても必ず最後は東京に出て、夜、店に行くのが、旅行の最後の楽しみだった。
気のおけない人、いつも笑顔を絶やさない人、分かり合える人、どんなに混んでいても客を立たせても、席を確保してくれた。
安い料金なのに、グラスはいつも高価なバカラ。
手を滑らせて割っても、ケロッとして笑っているお金持ちなのだ。
とにかく明るく楽しい会話の連発、みんなを打ち解けさせてくれる。
一流企業の商社マンだった、海外でのながい暮らしだったとか。
定年退職して、それもかなりの年齢になってからバーを始めた。
おしゃれでダンディー、店ではいつも品のいい無地の着流しだった。
私がバーのマスターを卒業した日、記念にブルガリの高価なネクタイをもって、わざわざ東京からかけつけてくれた。

もう一度会っておきたかった。
小生がこんな状態になってから、もう4年近く会っていなかった。
去年の確か11月が最後の彼からの電話の声が、今思うとなんか弱々しく耳に残っている。
「サヨナラ、はたさん」
辛い眠れない土曜日の夜だった。
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   まだ夢は捨てられなくて桜草 
   電話来る癌なんてうそ春おぼろ

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