結社の主宰の訃報

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書きたくない訃報

我が俳句結社「道」の源鬼彦主宰の訃報が、昨日届きました。
「道」会員800人余を残して急逝とは
絶句、ただただ絶句です。
今すぐに、札幌に飛んでゆきたい衝動にかられています。
それは到底無理なこと、悔しくてなりません。
情けないこの身体、脳梗塞後遺症の不自由で、どうすることできません。
札幌は、今の小生には遠すぎます。

発行所内での副主宰、編集員の方々のあわただしい状況が目に見えるようにわかります、小生には。
どうか、みんなで協力して「道俳句会」を守り、乗り切ってください。

去年の秋、大手術のときは、知らされもせずじまいでした、遠方の会員には、心配かけまいと。
今年になって、命の危険をともなう大動脈瘤の大手術に11時間の余をかけて、無事生還されたと聞いてほっとしていた矢先でした。
この3月、主宰のお宅に、失礼を承知で電話したときは、案外元気そうな明るい声だったので、まさかって。

何故、わたしが札幌の結社「道」に入会したのかは、今は亡き大阪枚方の長姉淳子の紹介でした。
63才の小生に、事情は公表できない、とても辛い不幸があって、精神的にすっかり落ち込んでいたのです。

その姉が、私を心配してくれ、すぐ上の健子さんと、東北の旅に連れ出してくれた時があったのです。
「辛いことのなぐさめになるよ、きっと」
「あんた、又俳句やったら、やりよし」
それで40数年ぶりに、俳句を又はじめる機会を与えてくれたのです。

姉は、堀口星眠の「橡」と源鬼彦の「道」の結社で投句していたのです。
で、私は、宮城県に縁のある原田星児主宰「みちのく」に入会し、やっと同人に推挙された年に、なんと廃刊と。

「ええやんか、うちと一緒の結社ではじめたら」って
超結社の「橡」じゃなく、札幌の「道」に投句を始めたのです。
はじめた以上、私はどんな主宰か、どうしても会いたくなったのでした。
北海道の旅行をかねて発行所を尋ねたのです。
源鬼彦主宰、私にとって、見事に「当たり」でした。
初対面、挨拶して、人柄、人間的魅力、すっかり気に入ってしまいました。
あゝ、ここで、この先生の下で、再び俳句に打ち込んでみよう、と。

あれから、まだ14年です。
小生よりひとつ年下の主宰、あんまりにも早すぎます。
残念でなりません。
無理をしてでも、今年の10月の全国大会には、と、楽しみにしていたのです。
返す返す無念です。

男っぽくて骨っぽい俳句、やさしい俳句を綯交ぜに、引き込まれるのか楽しみだった。
まだまだ新しい境地をめざしていた師、無念。
やすらかにお眠りください。76才没

   母の日の母が小声で父の墓
   馬祀るここは蝦夷地の植田中
   雲の峰一の坂越え二の坂へ
   少年に男の匂ひ鯖ぎらと
   深雪野へ土着の男大股で
      平成26年 第六句集「土着」源鬼彦 所集

   師は北天へリラの香につつまれて

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この記事へのコメント

白い石
2020年05月13日 21:43
頑張っぺね。(^◇^)
麦雨
2020年05月14日 12:09
白い石さん
そうですね。
ショックですね。
でも、頑張っぺよ、大変だけど、副主宰が。