今年もお世話になりました

今年も、明日は大晦日ですね。
あと2日で令和2年か。

なんとか況や、すごいスピードで過ぎ去ってゆく日々。
若い頃はこんなに速くは時は流れなかったような、時間は同じ刻を刻むのに。
ゆっくり還暦を迎え、まもなく古希、すぐに喜寿。

あっという間に喜寿は過去に・・・。

ちょっと、過去に戻ってみます
太平洋戦争が始まった翌年の昭和17年6月に生まれた小生。
その頃から、徐々に国自体が疲弊へところがりはじめ、国民も疲弊。
そして厳かで美しい(?)日本人の心までも貧しくなり始めた。
その昭和の2,30年代にわたしは多感な少年期をすごした。
そして、日本国民の勤勉さが、やがて国を立ち直らせた。

そして来年は再び東京オリンピックです。
39年の東京オリンピックの年には、小生はいったい何をしていたの?
京都のD大経済学部に席はあったものの、ひどい生活ぶりだった。(この当時のことは書くまい、否いつかヤケクソで書くかも)
当時の東京オリンピックを観戦した記憶は、女子バレーが頂点に、そして金メダルに沸いた日。
それとマラソン。
あのアベベがテープを切り、そして円谷幸吉がスタジアムに2番目入ってきた瞬間の興奮は半端でなかった。それも束の間イギリスの選手に国立競技場の大観衆のなか、トラックの中で抜かれた場面は、いまでも脳裏に残っている。
その後の円谷幸吉の不幸なことも書くのは止そう。
あきを.jpg


ハナシは飛んで

そして昭和が去り
平成になり、その平成もあっという間の30年。
それで、令和に変り
来年は令和2年、当たり前か、当たり前ですわなぁ。

さあ、アッシはどうなりますやら。


とにかく、脳梗塞後遺症からくる脳の衰えっていうか、脳神経だけでない、年齢からくる体力の衰えを、ここ一週間、強烈に感じる。
単なる物忘れと思えん、そんな状態がある。
それは認知症とは違うなにかが、おこっているかも。
必死に抗う強靭な精神力が必要になりそう、なんや。
ちょっと上の一行はだけはオーバーかもしれまへん。

来年も、ま、たんたんと生きまひょ。
でも、俳句はしっかり(かどうか)創れまっせ。

  
  小春日は授かりしもの使ひ切れ
  忘れたきことの多しや帰り花
ゆうこ.jpg

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