介護リハビリに通って

毎回、体調のこと書くこと、ちょっと憚れる。
今日はそこには触れないとしよう。

それにしても、こうして毎日を生きるってこと、考えると、生きているのは、もういいかな。
だからと云って、死んでしまいたいなんて、一切思ったことはない。
脳梗塞発症後、5年以内に2度目の脳梗塞が発症するのが30%とか。
あと1年弱で、5年になる。
前の句会の句友は、2回目の発症で、いとも簡単に逝っちゃった。
発症したとして、半端に生存(寝たきりとか)なんて、はなはだ迷惑なこと、自分にもまわりにも。
もっといいこと書かなきゃ、いけませんね。


ある日、介護リハビリで、冗談で
「あゝ、しんど」
「あゝ、もう死んで楽になりたいわ」
若い介護士さんが、真顔で
「やめてください、そんなこと言わないでください」
「冗談、冗談、冗談ですよ、まだまだ頑張りますよ」
と、ニコっとして彼の顔をみたら、ちょっと怒り顔した後で、ニコっと返してくれた。
「ダメですよ、そういう冗談はいけません」
が、こういう冗談は、この介護リハビリの真っ最中に云う冗談ではないと、申し訳なかった。

いつも明るく振舞う自分から、そんな言葉が出るとは、彼には到底思えなかったのだろう。
反省、反省
とても真面目な介護福祉士さん、自分の身になってリハビリ運動を手助けしてくれるのに。
「ごめんなさい」だった。

因みに私は要介護1だけど
要介護1、2の方、又、要支援1、2の人達の運動の手助け、車での送り迎えなど休む時間もない大変な仕事だ。
介護士さんみんなよくやっている、いつも感心している。
そんな高給取りでもないような、そんな彼らにはもっと給与を、と切に思う。
いろいろ問題を起こしている、あんなくだらない国会議員の給料を思うと、なんかやりきれない。



4年前の9月脳梗塞発症以来
生活習慣はいっぺん。
1年間は、介護2の判定。
手の指さえ動かない、足で自分の体さえ持ちこたえられない、そんな日々が2か月ほど続いた。
そこから必死のリハビリで、手指が動き始め、足で立つことが出来、やっと杖で50m歩行できるかな。いまはそれでも要介護1。
もう77歳、ここから大きな回復はありえない、と思う。
納得した訳じゃないが、納得せざるを得ない状況かな。
いくら足掻いても、もう健常者には戻れない。
と、悟ったというか諦めたというか、達観したというか、身も心も落ち着いてしまった。

そして、今を生きている。
かなり早い時期に自分の生活習慣を見直すことができた。
後ろは振り返るまい、明るく振舞うこと、疲れたときは「つかれた」と素直に言えばよい。心に不愉快さを溜めないこと。
これは大事なこと。
元気な時の生活習慣から、いまの生活習慣に変えるときのこと、その辛さ、すっかり拭い去った。

病をもらってからは、以前より
一層、ひとにやさしくなれる。
一層、ひとを思い遣れる。
一層、ひとと明るく楽しくやろうと努める。

介護リハビリに通っている人達に教えらます。
廻りは80代、80代後半、なかに90代もかなりいます、です。
そんな人達と一緒にリハビリです。
聞けば、立派な職歴のかた、認知症の始まりかけたひと、上品なおばあちゃん。
みんな、それぞれたいへんなんだと。
いつからか、いつのまにか、楽しく明るくやろうと決めたのです。
まず、自分が明るくしなくてはいけません。

それでも行きたくない日があるのです。
ときどき、我がままな人間が、顔を出します。
しゃーない、しゃーない。
残された人生、上手く使いきろう、と思うこの頃ですが。


  大阪に八百八橋都鳥
大阪はほら吹き多し黒狐

夕飯.jpg

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