盛岡のSくんのこと

2月の暦をみたら29日まで、うるう年だったのです。
もう、あしたは節分か。

  鬼よりも病魔出て行け豆を撒く

40年の余、盛岡でスナックを頑張っていたS君が、初めて私の部屋まで来てくれた。
長い付き合い、一回り下。
全国数々の?スナックのある中で、応援している大ファンのマスター。

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もう13年前になるだろうか、わたしがバーを引退した日も、わざわざ盛岡から、大きなぷーさんを抱えてやってきてくれた。
それからも、時々、盛岡へ飲みに出かけていた。
そして4年前、脳梗塞治療での入院中も、いち早く見舞いに駆けつけてくれた。
まだ、私の精神状態が不安定なとき、半身マヒの後遺症のどん底で苦しんでいるときだった。
「大丈夫ですよ、リハビリをしっかりやれば戻りますよ」
「必ず、元気になります、又盛岡で待ってますよ」
彼のやさしい思いやりのある声掛けに、思わず大泣きしてしまったことを覚えている。
ほっとして胸のうちをすべて吐き出したんでしょう。

明るくて人懐っこい性格の彼が、まだまだ若いのに、全国に客を持つ繁盛店を2月いっぱいで閉じることにしたと。
どうして?
残念、もったいなくて仕方ない。
どうも、自分だけの意志でもないようだが。
東京に行くって、すでに決まっている住所までも教えてくれた。
「店を続けなさいよ」という言葉はもうでません。

店をこれだけ長くやってこれたのは、勿論彼の人柄だし、努力も並大抵のことではない。
40年ですよ。
それだけではない、この店を育ててくれた長年のご贔屓さんたちも育ててくれた店。
彼とご贔屓さんが一体化した「スナックバー」、もったいない。
そんなお客さんを措いて、彼が盛岡を去る決断
わたしには、痛いほど彼の気持ちがわかります。ここには書けない去年の辛く悲しいできごとが一番の起因だと。
「第3の人生です」って
彼が東京の浅草、上野、新橋どこでも「店」はやっていけます、断言できます。
東京でも慕われるでしょう。
友人もいっぱいいます。

でも、もうやる気は失せているようです、今のところは。
まだ、65歳、あわてることはなにもありません。
この辺でゆっくりさせてあげたい、と心から思うのです。

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