金子兜汰のこと

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今日は日曜日か、曇が空にひろがり、あしたの予報は下り坂かな、温度も低くなりそうだ。

「道俳句会」の主宰の死、ま、仕方ないこと、あってはならないことが起こってしまった。
ここ何日か、気が抜けたようで、これじゃアカンアカンと、自分を叱咤激励する、でも気がはいらない。
ちらっと作った俳句も、ちっとも気が入ってない。
追悼句でさえも、色褪せた使い古されたようなんばっかりでつまらん、あゝつまらん。
シャーナイ、シャーナイ。

ちいさな朗報!句会が出来そう。
今日の昼過ぎ市民センターから、電話で連絡があり、貸し出し許可がおりましたよ。


気分を変えて俳句のはなしでも。

俳人協会が「俳句文学館」という新聞を毎月発行している。
そのなかに興味深いことが掲載されていた、去年の新聞だけど。
俳句総合誌で、若手からベテランによる「平成を代表する俳句」のアンケートを企画したと。
伝統派、俳人協会、現代俳句など、そのジャンルはさまざまで公正を期していた。因みに小生は俳人協会会員。
その結果
《おおかみに蛍が一つ付いていた》金子兜汰の句がトップだったそうだ。
兜汰が鬼籍に入られたのは98才
ここまで、生きられる人はそうはいまい。
鬼彦主宰、な~んで76才で鬼籍なのさ、そりゃこんな大家と比べるのは話が違うでしょうがね。
兜汰が亡くなった2月20日と云えば、梅の季節。
《梅咲いて庭中に青鮫が来ている》
俳人の多くがしっている有名な句だ、私が初学のころ、なんじゃいこの句は?って首を傾げた想いが残っている。
私は口語俳句って、不得手というより、偶にしかできない。
この兜汰の句は、昔先輩に教えられてはじめてこういう作り方、私には到底理解の及ばないところでした。
「青鮫が庭に来ている」を想起し、淘汰の喪失感は永遠に消えては顕れる魔性のようだ。
と、筆者は書いている。
そして「おおかみ」も「青鮫」も自分自身と一体なのだと。
そうかも知れん、そうでしょう。
ま、とにかく兜汰は流派を超えて愛されていることは、間違いない。

=芭蕉、蕪村、一茶、子規などが、後世にずっと評価されるのは彼らの根底にある美意識が整っているからだ=
と淘汰はなにかに書いている。また、俳句は「詩」であることを徹底的に掲げ、触発されたイメージをとことん「詩」に昇華させる。だから、どこに居てもメモ紙は離さなかったそうだ。その勢いは現代仮名遣いの表記にも、形式に拘らず自由闊達にやってきたことが、彼の長い作家生活の原動力だったと。
ほぼ5年前、私が脳梗塞で倒れ、入院していたとき
まだ生前の金子兜太の「私はどうも死ぬ気がしない」という本を盛岡のバンちゃんが差し入れてくれた。
時間が有り余っていた、脳の回線のほつれをとりながら、じっくり読ませていただいた。
自分も俳句も「無心の旅」だと。
勉強になった。
私なんかが、とてもとても兜汰を語れる資格なんかありません。

とにもかくにも、平成の人気俳人トップ1は金子淘汰だそうです。

因みに過去の俳人ベスト5
  1位 889票 松尾芭蕉
  2位 868票 小林一茶
  3位 716票 正岡子規
  4位 625票 与謝蕪村
  5位 274票 高浜虚子
これはいい加減かも、1位と2位の差がたった21票、あり得ない。
はっきり芭蕉が断トツでしょうよ。
(朝日新聞の平成24年4月28日に、俳人人気ランキングが載っていました)を拝借なり。

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