高校野球がたのしみ

東北の祭りもたけなわ
盛岡のさんさまつりは今日が最終日、秋田の竿灯まつりは昨日から
ねぶた祭、仙台の七夕と続く。
今年は天候もよく、このまま晴天が続くことを願っている。

さて6日から、101回全国高校野球大会
今年も、いろんな感動を期待してしまう。
残念なのは大谷翔平につづく大船渡高校の佐々木朗希投手が投げずに、大谷翔平の出身校花巻東に決勝で涙したこと。
あっちこっちで賛否両論,にぎわしている。
小生としては投げてほしかった。
甲子園は高校球児の聖地、佐々木君だって甲子園で投げてみたかったろうに。
点差のついた準決勝を完投させずに途中降板だって出来たはずなのに
それで、決勝で花巻東にたとえば負けたとしても。
それはそれで、彼もその他の部員達にも納得出来たろうし。

とにかく6日からの高校野球には、目を離せない。
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遠い遠い昭和30年代の、又又昔の話です。
小生は少年時代、野球少年で近所でチームを作って近隣の街の少年たちと、よく対外試合をするほどだった。
ところが、中学のころはすっかり野球とは縁がなかった。
なのに
昭和34年高校に入学したときは、野球部に入部したかった。
その望みは、いとも簡単に打ち砕かれた。
その年、偶然にも寝屋川高校が、春の選抜で甲子園に出場したのだ。
丁度、張本のいた浪商がある事件で出場停止になり、運よく寝屋川高校が初出場となったのだ。
その甲子園
早稲田実業の王貞治に完封され、1対0で敗れたのを甲子園で見た記憶は忘れていない。
その当時大阪の甲子園常連校浪商中心、明星、興国、大鉄等には公立校がかなうわけがなかった。
それが甲子園に寝屋川高校が出場したことで、その年だけ入部者だ殺到したのだ、ただ覚えているのは中学で野球部に在籍している者しか入部出来なかった。
それでもって、テニス部、ラグビー部と転部して数か月。
ラグビーの練習中、ハンドボール部の監督から声が掛かって、即入部したのだった。
1、2年生当時、国体にもインターハイにも連れて行ってもらったいい記憶がある。
が、一方で球が左目に直撃し、網膜剥離となり、もちろん長い入院、関西医大病院から大阪大学病院に転院、留年の話まであったこと、悪い想い出がある。
これは余分な話だったかな。

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